移住者の声

旭川を選んだ理由、暮らしてみた感想、気になる移住にまつわる経験談。

旭川に移住をした先輩たちに話を聞いてみました。

 

​「ひとが優しいまち」

旅行会社経営  喜久野 夕介さん

初配属は旭川。

大学卒業後に入った会社は、新入社員が全国の営業所に初配属される仕組み。縁もゆかりもない旭川支店に社会人1年生としてやってきました。最初は全く知らない土地に不安もありましたが、まわりの人の温かさや優しさにふれ、次の東京異動は行きたくない気持ちでいっぱい。結局、旭川に戻りたくて会社を辞めて移住、現在に至っています。

旭川の魅力発信。

移住時には次に何をするのか決めずに来ましたが、旭川が好きで来たのだからこの街の魅力を道外・海外に発信する仕事をしたいと考えていました。結果として旅行会社というカテゴリーの中で、このエリアの素晴らしいコンテンツを紹介し、旅行客に満足して帰ってもらっています。

 

なんでも手に入る。

東京などと比べると、モノやサービスが手に入りづらいのかなとか思っていましたが、さすが北海道東北で第三の都市だけあって、何不自由なく生活できます。むしろ都会では絶対手に入らないモノが享受できるというメリットの方がすごく大きいです。近所からのおすそわけで、メロン数玉とかカニ1杯とか、タダでもらえるものがハンパない(笑

 

チャレンジできる街。

自分のやりたい事を持ちながらも日々に追われて過ごしていき、いつのまにかそのタイミングを失うことが多いと思います。ちょっとやってみようと思った時、旭川にはそれを実現できるポテンシャルがあると思います。自然に憧れていたアウトドア派向けにはすぐ近くに大自然があるし、いきなり田舎暮らしには不安がある移住初心者には安心の都市機能もあるし…。夢が実現できるかどうか、まずは旭川で試してみてください。

旭川の人が大好きな喜久野さんが経営する旅行会社はこちらです

           ↓

http://www.asahikawa-travel.com/

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​「ストレスのないまち」

企画会社経営  海老子川 雄介さん

就職先は旭川。

大学を卒業し、札幌から就職で来ました。マスコミ志望でしたが全国の媒体や広告代理店を片っ端から受けては落ちて、最終的に旭川市内のフリーペーパーを発行する地元企業に広告プランナーとして就職しました。

旭川で起業。

現在は旭川で起業し、マーケティング会社を経営しています。道内の民間企業や自治体などのクライアントと打ち合わせやデザインをしたり、自社で運営しているカフェの店頭に立っています。カフェでは地元客や観光客とのふれあいを大切にしています。仕事の合間にジョギングをしたり、アフター5にスノーボードを楽しんだり、オフには登山やキャンプ、サイクリングなど自然を満喫しています。

 

旭川の進化に期待。

学生時代から登山が趣味でしたので、ヤマ屋からすると理想の暮らしができる都市です。百貨店がなくなりちょっと街に元気がないとは感じますが、高度経済成長からバブルまでの全国金太郎飴のやり方が上手くいかない時代になっただけで、これからは本質的な旭川らしさが感じられる街として進化していくことを期待しています。

 

都会の非日常が、旭川の日常

世界にも自慢できる自然がたくさん、美味しいものも豊富。デザインや音楽も盛んでとても個性的な街だと思います。だからこそ自己実現が果たせる街、夢を描ける街です。都会の非日常がこの街の日常。旭川での暮らしを、じっくり楽しんでください。

旭川の自然が好きな海老子川さんの経営するカフェはこちらです

      ↓

https://www.fukuyoshicafe.com/

 

マーケティング会社はこちらです

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http://ebisuke.co.jp/

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​「必要な人に出会えるまち」

行政書士  朝倉 友武さん

役者として全国を回る。

東京で生まれ、宮崎で中学・高校時代を過ごしました。18歳で俳優を目指して上京し、工事現場等で働きながらオーディションを受けていました。20歳で役者となり、地方巡業では座長となり、日本各地を公演してまわる生活がしばらく続きました。札幌公演の際に出会った現在の妻の実家が旭川だったことが、旭川に来るきっかけになりました。

旭川で開業。

役者生活は楽しかったのですが、そろそろ地に足がついた仕事をしたいと考えた時に、子供のころから興味があった法律に関する仕事をしようと思い、行政書士を目指すこととしました。行政書士を目指した理由は、他の法律関係の仕事と異なりやるべきことが定まっていない分、やれることの可能性が大きいと感じたからです。東京時代に1年間、旭川に来てから1年間勉強して、2回目の挑戦で行政書士になることができました。

資格取得後、旭川で行政書士事務所を開業しました。建設業など様々な経験をしてきたことが現在の仕事の役に立っています。

 

ヒーローの町を目指して。

行政書士の仕事とは別に、旭川のご当地ヒーロー「龍神リョウガ」というキャラクターで地域貢献すべくヒーローショー等を行う団体を運営しています。もともとは役者経験があることから演技指導や演出のために声をかけられたのですが、気が付いたら代表になっていました。仕事との二足のわらじで大変ですが、非常にやりがいを感じています。旭川の子供たちにヒーローショーを通じて友情や正義感、モラルやマナーを守る大切さ、そして北海道の食の素晴らしさなど多くのことを学んでほしいと思っています。

」また、北海道中のご当地ヒーローを集める「北海道ヒーローサミット」を毎年旭川で開催しています。今年で3回目となるのですが、これが観光資源となって、旭川がヒーローの町になればと思っています。

 

必要な人と出会えるまち。

旭川は東京や札幌と違って大きすぎず、適当な規模の街なので、「この人と出会いたい」、「一緒に仕事をしたい」という思いがあると、まもなくつながることができます。また都会に比べると暖かい人が多く応援してくれる人に出会いやすいように思えます。自分が動くことで街が作れる、そんなちょうどいい規模感があります。

これから旭川に来る人には「今住んでいるところでの感覚を忘れないで欲しい」と伝えたいです。外からの感覚を持ち続けていくことはこの町で何かをやっていく上で大きな強みになると同時に旭川の財産にもなり、それがいつか必ず役に立つと思います。

旭川に可能性を感じている朝倉さんの行政書士事務所はこちらです

                        ↓

http://asahikawa-asakura.com/

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​「ちょうどいいまち」

旭川空港勤務  藤原 出雲さん

人生を楽しむ場所を求めて。

出身は三重県で、大学進学で北海道に来ました。趣味は釣りやスキー、旅行などで、バックパッカースタイルで、国内外の様々な所に行きました。卒業後は名古屋で就職したのですが、都会の喧噪や趣味を満喫できるフィールドが身近にないことなど、この場所では人生を楽しめないと感じました。そのため二ヶ月毎の北海道旅行と、長期休暇毎の海外旅行が定番になっていたのですが、ふと生活する場所を変えれば良いのでは無いかと思うようになりました。移住先としては海外も検討しましたが、海外にも劣らない遊びのフィールドが広がっている北海道に移住することに決めました。

最高のフィールドが身近に。

旭川を選んだ理由は、北海道の中心に位置し、どこに遊びに行くにも便利で、また旭川空港から地元の中部地方へ直行便があるためです。

旭川に来て、夏の間は主に釣りを満喫しています。道北や道東へアクセスしやすいので大きな川へ行って大物狙いの釣りをしたり、市内の川で手軽な釣りを楽しんだりしています。

冬はゲレンデスキーや最近始めた山スキーを中心に楽しんでいます。慎重派なので、比較的安全な山しか行きませんが、それでもスキー場とは桁違いに楽しいです。こんなに楽しいのに人は少なく、パウダースノーはいくらでも残っていて、びっくりします。手軽にものすごく楽しいことができるのが、この地域の魅力です。

 

 

 

通勤時間も楽しみの一つ。

現在は旭川空港で利用促進や路線の誘致を行っています。北海道の良さも、北海道外への旅行の良さも知っている自分には天職だと思っています。北海道はもちろんいいのですが、たまに道外へ行くと楽しいし、北海道の良さにも気づけます。意外と知られていませんが、旭川空港は国内外の多くの空港に路線があるのですよ。ちなみに通勤手段は自転車です。自宅から15kmありますが,信号は数える程で時々旭川空港に着陸する飛行機が大雪山を背景に飛んでいくのですが、毎回感動します。名古屋では満員電車に詰め込まれて通勤が苦痛だったけど、今は通勤さえも楽しみになっています。

ちょうどいいまち。

自分一人の生活ならもっと遊びつくせる街は他にもあるとは思いますが、結婚して子供がいる場合は、都市機能も充実していて、自然も周りにある、交通アクセスも良い旭川という街はまさに”ちょうどいいまち”だと思います。人も優しくて、よそ者もすんなりと受け入れてくれる旭川は本当におススメです。

旭川を満喫している藤原さんが働いている旭川空港の情報はこちらです

     ↓

https://www.aapb.co.jp/

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​「のびやかに人生を設計できるまち」

イラストレーター 三井 ヤスシ さん

絵で生きていく。

幼いころから絵を描くことが好きでした。絵を描いて生きていくことが夢でしたが、20代半ばにイラストレーションのコンペで入賞したことから上京しました。それからは文芸誌の挿絵や本の表紙絵などを描いていました。出版社に勤めていた現在の妻が東野圭吾さんの週刊誌連載挿絵を描くイラストレーターを探しており、私がそれを担当することとなったのが妻との出会いのきっかけでした。東京生活はとても慌ただしく、落ち着いて生活・仕事ができる場所を求めて、結婚一年後に出身地の山梨に戻りました。その後子供も授かり、穏やかな生活を過ごしていました。

安心して子育てできる地を求めて。

2011年3月、東日本大震災が発生し、当時住んでいた甲府も非常に大きく揺れました。夫婦とも原発に関する知識を持っていたことから、事故の報道を聞き、これは大変なことになったと思いました。生まれたばかりの子供を原発から離れた所に連れていくべきだと考え、3月16日に妻の実家である旭川に家族を連れていきました。私は状況把握と引越準備のため、一旦一人で山梨に戻りましたが、妻の両親が素晴らしい人達で、また北海道の雄大な自然環境も素晴らしく、ここで子育てができれば理想だろうと思ったことが、旭川移住の決め手でした。

 

 

 

旭川から発信!。

妻の育休を経て、2013年6月にイラストレーション・デザイン制作、本の企画出版を行うミツイクリエイティブ/ミツイパブリッシングを立ち上げました。地元の方からチラシ・ポスター制作の依頼があったり、市の「うぶごえへの贈りもの」事業で、旭川をモチーフにした絵本も制作しました。旭川ならではの事業展開ができていると考えています。妻の両親や旭川で知り合ったたくさんの方々からのサポートがあり、大都市に比べてQOL(生活の質)が格段にいいと感じています。

のびやかに人生を設計できるまち。

今、クリエイティブな仕事は東京だけではなく、全国どこでもやれるようになっています。旭川は自然環境が豊かで、都市機能も十分にあり、医療機関も充実しています。

旭川からは著名な芸術家・作家が輩出されており、美術館、文学館やこども冨貴堂、まちなかぶんか小屋といった文化的な施設も沢山あります。著名な方も頻繁に訪れ、全国区の作家などに東京では考えられないほど身近な距離で会うことができます。

のびのびした環境・文化の香りのする環境でクリエイティブな活動を行ったり、のびやかに自分の人生を設計するには、旭川は最適な都市の一つだと思います。

旭川から全国に本と絵を発信している三井さんの製作・出版会社はこちらです

           ↓

https://www.mitsui-creative.com/

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​「時間を大切に使えるまち」

三浦綾子記念文学館学芸員  長友 あゆみ さん

宮崎から東京へ。

高校までを地元宮崎で過ごしました。大学進学で上京して、東京で就職しました。初めは法律事務所の秘書として働き、その後劇団の製作部で働きました。製作部では劇団の運営に関わる様々なことを経験しました。その後、専門学校の事務職に就き、広報の仕事や時々は授業を持つこともありました。

文学館への道。

子供のころから三浦綾子さんの作品が好きでした。東京で働いていた時に綾子さんのファンの集いに時々参加し、そこで出会った方から三浦綾子記念文学館の職員募集に応募してみないかと誘われました。素敵なお話ではありましたが、引っ越しも伴う転職ということで正直戸惑いました。しかし悩んだ末に応募することとし、2015年より文学館で働けることとなりました。学芸員の仕事は説明や案内だけではなく企画展を考えたり、イベントを行ったりするので、これまでの仕事の経験を活かすことができています。残念なことに旭川でも、綾子さんを知らない世代が増えています。綾子さんの言葉は「生きる力になる」のでこれを若い人たちに知ってもらうために、今後は学校など地域活動にも力を入れたいと考えています。

 

 

 

自転車であちこちへ。

まだ車を持っていないので、移動には自転車を使っています。旭川には三浦文学に出てくる素敵な場所がたくさんあるので、それらを巡るのが楽しみです。氷点橋から見る大雪山、旭橋、外国樹種見本林がお気に入りの場所です。また北海道の「地平線がある風景」が気に入っています。東京では見ることができないですから。

市内には古い建物がところどころにあって、それらを活用したオシャレなカフェも沢山あります。自転車であちこち回っているので体力もつきました(笑)。

時間を大切につかえるまち。

旭川は暮らしやすくて人も優しいと感じています。東京とは違い、忙しいときでも飲食店の人が丁寧に接してくれます。これは時間の流れ方が違っているからかもしれません。

旭川に来てからは、通勤時間も少なくなり、仕事が終わってからの時間を勉強や趣味など自分を成長させるために使うことができています。非常に充実した生活ができています。旭川は時間を大切につかえる町なのかなと思います。

旭川の巡りを楽しんでいる長友さんが働いている三浦綾子記念文学館はこちらです

          ↓

http://www.hyouten.com//

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​「自然の大きなまち」

牧場経営、食肉加工「のびのび舎」代表  吉川 貴史さん

アーユルヴェーダセラピスト          吉川 貴子さん

貴史さん経歴

札幌市出身。高校卒業後、海外を放浪した後、アメリカで美術を学びました。帰国後は様々な仕事を経験しましたが、ある時北海道中を旅する中で、酪農・畜産という仕事と出会い、この面白さに目覚め、自分で牧場を経営したいと思うようになりました。これまで多くの牧場で畜産に携わってきましたが、牛の自由のない生育環境や、遺伝子組み換えが当たり前となっている輸入飼料に疑問を感じるようになりました。そのような中、丈夫で病気にも強く、輸入配合飼料に頼らずとも生草や干し草でも大きく育つことができる短角牛に出会い、旭川の桜岡地区で牧場と食肉加工の「のびのび舎」を始め、自然放牧と地域で生産された飼料で飼育を行っています。

貴子さん経歴

札幌市で幼稚園教諭をやっていましたが、忙しい仕事でした。農村暮らし、野菜作りといった農的な生活に興味を持つようになり、農的暮らしをしながらもできる仕事がないかと考えていたところ、インドの伝統医学アーユルヴェーダに出会いました。仕事をしながら、週末は東京のスクールに通い、数年かけて卒業しました。さらに本場インドでの修行もつみました。現在は丘の上の緑に囲まれた小屋でアーユルヴェーダを体験していただける「アーユルヴェーダスペース スカ」を運営しています。

地域にあるものをいかして。

私たちの住居は築60年の牛舎を廃材を活用して自分たちで直したものです。​また牧場では春から秋にかけては自然放牧を行い、冬は乾草や米ぬか、でんぷんかすなど地域で生産されたものを飼料に使っています。さらに食肉加工・販売では近年農業被害が増加したことから駆除されているエゾシカの肉を取り扱うようになりました。私たちは地域にあるものをできるだけいかして、自然とともに生きるというスタイルを大事にしています。

このスタイルをより多くの方に知っていただくために現在、レストランと宿泊者の受け入れの準備を進めているところです。今後ののびのび舎の展開に注目してください。

自然の大きなまち。

札幌にいるころは、旭川は通過する町というイメージしかなく、それほど魅力は感じていませんでした。実際に来てみると、自然の大きさが札幌とは全く違うと感じました。広々とした上川盆地は見ていて気持ちが良く、桜岡の曲がりくねった道と緑に囲まれた景色も雰囲気が良くて好きです。豊かな自然に身をおきながらヒマラヤ(大雪山)を見ながら生活できるのも最高です。また周辺の町も含めて、カフェや雑貨屋などで個性的で魅力的な小さな店が多いです。旭川に来てから表情が穏やかになったね、と知人から言われるようになりました。自然の大きなまちに一度遊びに来てみませんか。

旭川の地域資源を有効活用に取り組んでいる貴史さんが経営する

のびのび舎はこちらです

          ↓

https://www.nobinobisya.com/

旭川のヒマラヤに癒されている貴子さんが経営するアーユルヴェーダ

スペースはこちらです

          ↓

http://ayvs-sukha.com/

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​「ほどよく都会で自然もあるまち」

M-SOLUTIONS勤務  高田 明宏 さん

東京のIT企業に就職。

生まれは深川市ですが、親の転勤で名寄市、遠軽町などあちこち引っ越しました。旭川市にも何度か住んだことがあり、高校の頃は旭川に自宅がありました。高校卒業後は東京の大学で経済学を学びました。卒業後は、大学の先輩が始めた業務システムを作るベンチャー企業に就職しました。ベンチャーでは、自分ができることの範囲が大きく、非常にやりがいがありました。その後大企業向けのITシステムの会社に転職し、大きなプロジェクトにも関わりました。。

偶然が重なりUターン。

2015年に新たな挑戦のために、現在勤めているM-SOLUTIONSに転職をしました。この会社はモバイル機器、ロボットなどの新しい分野に取り組んでおり、非常にやりがいを感じています。転職時には知らなかったのですが、2016年に業務拡張のため旭川に開発センターが開設されることとなり、驚きました。正直IT系の仕事をしていたため、旭川には仕事がないと思い、Uターンという選択肢はあまり考えていなかったのですが、これにより旭川でも働けるという選択肢ができたことを嬉しく思いました。翌年、父親が体調を崩し、心配していた時に、タイミングよく旭川への配属が決まりました。

 

 

 

戻ってきて見える旭川。

これまでも年末年始やお盆には帰省していましたが、春先の旭川は20年ぶりでした。景色も空気もさわやかで感動しました。東京時代は通勤に2時間弱かかっていましたが、旭川に帰ってきてからは自転車で15分となり、心身ともに充実した生活ができるようになりました。東京から戻ってきても買い物、食事、病院などで不便を感じることはなく、その一方で日々の生活の中でも自然を感じられることが多いです。旭川はほどよく都会でありながら、自然もあるちょうど良い町だと感じています。

 

地方での新たな働き方。

仕事については、東京の方が先進的なことができ面白いと思っていましたが、現在のIT業界に関していえば、業務を行う上では地方でも同じことができるようになっています。ただし東京には色々な人が集まっているので、交流を通して新しいものが生まれるという強みがあります。地方には東京のような産業集積はありませんが、もっと地域内での交流を増やしていけば良いものが生まれてくるのではと感じています。例えば北海道には農業と強みがあります。ITと農業の組み合わせには様々な可能性があると思うので、これから農業について学んできたいと思っています。都会から地方への移住を考えている方には都会での経験や繋がりを大事にして、常に色々なアンテナを張っておくことが大事だとお伝えしたいです。そのことが、あなたが地方で働くときに必ず役に立ちます。

旭川で職住のバランスの取れた充実した生活を送る高田さんが働いているIT企業はこちらです

       ↓

https://m-sol.co.jp/

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〒079-8413

北海道旭川市永山3条19丁目5-11

(旭川ふるさと旅行株式会社内)

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Tel: 0166-46-0701  Fax: 0166-46-0702

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海老子川さん

マーケティング会社経営

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